kanoko

起きて。食って。うんち出して。寝る。

社会に出た私は鯨に食われた

 

 二者択一ではない新しい選択肢。
オルタナティブ」というキーワードは、どこか自分の中に常にある気がする。それは、中・高の自由の森学園での感性を中心に据えた学びや、大学の卒業論文のテーマである「持続可能な社会への転換」として、小規模コミュニティーについて書いたこと、そして現在わたしが沖縄県のワカゲノイタリ村というコミュニティーに住んでいること。このオルタナティブに関しての軸索は、きっと全て繋がっている。

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 オルタナティブの道を模索していったのは、きっと色々な原因がある。テレビで原発が爆発したのを目の当たりにしたことや、震災から1年後に南三陸町に行った時にみた傷跡の数々、常に米軍機が飛んでいる非日常の沖縄の空など、18歳までにこの目で見た日本の姿は嘘だらけだったように思う。嘘はみることが難しい、そんなように思う。ただただ消費者になっている時、嘘は真実になる。思考が停止している時も、嘘は知らず知らずのうちに処理される。この足で「真実」を探すこと他ならないと気づいた。

 

 大学に入ってからは、「真実」をみる足を止めて、あたまを働かすことに専念した。それは、情熱やパッション、「社会を変えたい」という思いが強くなればなるほど同時に、「では、どうしたら自分の理想の社会になるのか」という考えがぐるぐる回転数をあげ思考を回っていたからだ。物事に対しての意思表示は、反対という言葉で示すことができる。しかし、反対における代替案は何かということが私にとって最も大切な問いの一つになる。この代替案になるものを探している道の途中で「オルタナティブ」という言葉に出会った。

 

 大学の構内で知る学びや、学外にでた時に直面する学び、様々なヒト・モノ・コトから刺激を受けた。70年代アメリカのカウンターカルチャーや、インドのラダックの赴いた際にみた質素で豊かな循環型の暮らし、路上のアートや意思表示としてのグラフィティーカルチャーなど、全部書くときりがないほどにこの頭の中でストックされたことは沢山ある。この中で、自分は何を選択して生活に落とし込んでいくかというのが、卒業時の私の問いになった。管理されきった生活の中を少し抜け出た時に見える、景色が社会を変える(システムをずらす)ヒントになるような気がした。これは、与えられるものではなく、自分で一歩外に出てみることから始まることだった。

 

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 大学卒業と同時に、生活の拠点を沖縄に変えた。はじめて学生という身分ではなくなり、社会人となったのだ。はじめて体感するニュートラルな社会は、まるで大きな鯨に飲み込まれたような感覚だった。今までは、少し離れた沖から海を見ることができていたが、社会に出るとは気づかない間に大きな鯨に食べられてしまうことなのだ。生活をするために稼いだり、家事をしたりすることで時間が過ぎさり、内にこもり今まで見ていた視野とは幾分異なる体内時計の中で過ごすようになっていった。そして、それが当たり前の日常にとなり、社会問題やどう生きたいかというのが置き去りになり、受動的に日々をこなすようになっていく。しかし、鯨に飲み込まれないのが最良であるかといったらまた違うように思う。それは、確かに存在するであろう鯨を否定して生活を営むことは無理に等しいからである。生活するために、お金は必要である。そのためには社会の中で、どんな手段であれお金を得る必要がある。大事なのは、次である。もし、情勢や世界の動きが怪しくなった時に鯨の腹の中にいてはその問題は回避できないだけだはなく、感知すらできなくなってしまう。日々に忙殺される腹の中では、炭鉱のカナリアが鳴いていることすら気づかない。まさに、私は文章の作法にあるまじき宙吊りなことを言っている。

 

 でも、これがオルタナティブということなのではないだろうか。コインには表と裏の両面が存在する。しかし、コインを立てた時には長方形にも見える。パーマカルチャーや、エシカル消費、循環型社会、コミュニティースローフードなどどれも単純な名称に過ぎず、これを信じれば絶対安心なわけではない。優良な手段になりうるが、名称ばかりが先行していてもあまり意味が伴わない。最も私が大切だと考えることは鯨の腹の中にいて、沖から眺める海の姿を知る視座を持つこと。いつだって、表と裏を持ち合わせながら長方形の部分に身を寄せ思考することが次のまだ見ぬ展開に繋がる緒(いとぐち)になると考えている。そのために土を耕し、バイトに出勤し、本を読み、友と食事をし、こうして文章を書いている。

 

 自らが今出した一つの答えに満足はしたくない。もっと世界を知覚したいし、新しい友に出会いたい、心弾むモノゴトと接したいし、創造的なコトをしていきたい。「どうしたら、自分の理想の社会になるか」正直、道のりは長いけど大事な問いとしてここにある。鯨の腹から見えるもの、大きな鯨よりも大きく包む海の景色。そこからは、何が見えている?

 

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