kanoko

起きて。食って。うんち出して。寝る。

日本大学法学部政治経済学科国際関係専門コース三年生。何も私のことわからないでしょ。だから、書きたいの。

Mighty crown×国際関係論

 

 

DELI  「俺ね、Mighty crownの知り合いか?って聞かれて、『うん』って言ったら服安くしてもらったよ」

 

Mighty「向こう(NY)に住んでた日本人とかが、(Mightyが)優勝してから、わかりやすい位、黒人の態度が変わったって言ってて、やっと共感できるポイントを見つけた。それまで、『ジャパニーズとかみんな敵』ってあったけど、それを取っ払えたのは、嬉しかったな」

 

            三宅洋平クロストーク「BAR SIDE SLIDE #2 Sami-T and friends」から抜粋

 

 

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 私は、国際関係を学んでいる1人の学生です。でも、国家間でのアクトの仕方だけではない、ソフトパワーが持つ、「平和」の作り方に注目したいと思い、この文章を書くことにしました。そう、上の文でわかるようにMighty crownという主体者(固有名)が、「見られ方」を変えたように、国の印象だけではなく、固有名が持つパワーに着目して、形作られた国家というイメージのステレオタイプから脱却して、国際関係を新たに考えていくことをしていきたい。固有名に関する補助線としてMighty crownという人物を紹介したい。

 

 

 Mighty crownとは?

 

 1991年に結成された、ダンスホールレゲエを中心とするDJで横浜を拠点に今も活動している。彼を有名にしたのは、「サウンドクラッシュ」と言えるだろう。「サウンドクラッシュ」とは、サウンド同士の音の戦いで、選曲、絡めたMCのパフォーマンス、を評価基準にどのサウンドが会場のお客さんを盛り上げたかで、勝敗が決まる。そのサウンドクラッシュの世界大会が1999年にNYで行われ、Mighty crownは「日本人代表」として出場し、見事にアジア人初の優勝を勝ち取る。その後、世界各地で、行われる大会に出てて、タイトルを保有している。日本のレゲエ好きには、知らない人がいないくらいに有名な「横浜レゲエ祭」はMighty crownが主催している。

http://www.mightycrown.com/artist/参考f:id:shiraishikanoko:20171213152605j:plain

 

 彼が私に、見せてくれた景色は国と国という概念を取っ払って、人と人が繋がれる手段だ。その手段は、「政治学」や「国際関係論」という堅苦しいと教室で感じる学問分野をカルチャーという道筋から、馴染みやすいものに変換してくれる、と同時に個々人が持つ、「固有名」の力で「見られ方」は変わることを明示してくれた。この文章のタイトルから、わかるように、カルチャーと政治は密接な関係がある。いわば、文化とは政治(国家)が担いきれずに、漏れてしまった民衆(個々人)の声を具現化させたものだと私は、捉えている。

 

 それは、昨今のムーブメントとしてある「バックパッカー」や「旅」も同様のことが言える。私も含め、若者を旅へと誘う内的動機のどこかにはきっと、「今の管理社会から、どこか遠くに逃避したい」、「みんなと一緒は嫌だ」という既存の社会システムに対してのカウンター的側面を誰しもが、内包している気がしてならない。しかし、いくら遠くに行っても自分は「日本人」で、異郷人あることを突きつけられる。言い変えれば、海外に出れば誰もが、Mighty crownと同様に「日本代表」なのである。それは、それまでサッカー観戦で、客席という俯瞰できる位置から、瞬く間にピッチのプレーヤーとしての主体者に成らざる得ない状況に、自らを置くということなのだ。この「日本代表」としての主体的なプレーは、逆に相手ピッチのプレーヤー・相手のサポーターにあらゆる影響を与えられる可能性を持つ。この可能性は、それまでの客席に止まっていたら、生まれなかったものかもしれない。あなたが、ピッチに立ったからこそ、初めて発揮される「固有名」という名のパワーなのだ。

 

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ソフトパワーとハードパワー

 

 国際関係という学問の分野で、国家的な取り組みや他国に対しアプローチを示すものとして、「ハードパワー」という言葉が用いられる。例えば、現在のような「北朝鮮」のミサイル発射に対して、「日本」が行う対応や、「アメリカ」が「日本」と取り決めた、日米地位協定などのような、国家対国家という枠組みをさす。ハードパワーには、その国が保有する経済力や、軍事力がものを言う。それに対し、ソフトパワーとは、国家を介さずに個人の働きかけによって形成される、強制的ではない力を指す。ソフトパワーの生み出され方には、決まったルートがある訳ではない。だから、Mighty crownのようなサウンドクラッシュという土壌で、ソフトパワーが生む出されることもあるし、スポーツ分野ではそれこそ、多くの日本代表が世界で輝いている。ソフトパワーのソースは多様で、何よりも血筋や所属している国家ではなく、「名前」が重要なKeyになり得るのだ。冒頭で、書いたようにDELIはMighty crownという固有名を出すことによって、服を安くしてもらった。そして、Mighty crownの優勝によって周囲が日本人に対する態度が変わったこと、これはステレオタイプの「国家」→「〇〇人」という回路ではなく、「名前」→「国家」の想起の方法である。ソフトパワーはこの固有名に、力が宿っているのだ。

 

 この固有名が出現して初めて、人は「自分ごとのように考えることが可能」になるのだ。それは、リモコンを持ち、テレビにはない、人の温かみのような血管が通うということ。「日本の国は、好きではないけども◯◯(固有名)のことは好きだよ」という対話の道を開くことが出来る。そう、国家=〇〇人ではないのだ。もちろん、国際関係だけでなく、日々我々は(私も含めて)大学生=〇〇とか、社会人=〇〇とか、ゆとり世代は・・・とか、つい式を作り、先入観で語ってしまう。それは、自分の周囲に大学生や社会人がいないからだろう。本当に傷口を見せられる、友人を誰も罵倒はしない。

 

 ここで私自身の経験について、書こうと思う。朝鮮学校を卒業した友人がいる。彼女のことを、思い返しすと連日テレビで流れる北朝鮮報道に違和感を感じるのだ。彼女は、朝鮮にルーツを持つが、まだ一度も自分は行ったことがないと言っていた。(「朝鮮」という言葉を用いるのは、彼女が「北朝鮮」という言葉を用いずに、朝鮮と言っていたので、ここでは朝鮮と書く)朝鮮のことは嫌いではなく、自分のルーツだと話していた。そして、もし行けるのであれば朝鮮に行きたいとも言っていた。テレビのニュースを見ると、彼女のことを思い出す。彼女と、話してから私の朝鮮に関する印象が変わった。以前持っていた、よくわからなくて怖い、というものから、彼女を通して、身近な存在になったのだ。前にはなかった、新たな視点を私は固有名を介すことで獲得できた。それは、決してミサイルや国防とかハードな側面ではないものだ。

 

 でも、テレビなどの媒体を通して見る国際関係は、ハードパワーばかりで反感の意識を故意的に煽っているように見えてしまう。

 

 

f:id:shiraishikanoko:20171213152830j:plain ・ハードウォッチャーとしての国民

 

 そもそも、様々な事象に対して違和感を嗅ぎとる嗅覚は民主主義にとって重要な要素である。そして、権力は生き物なのだ。見て、健康状態を常々確認する必要がある。権力は、観察者が見ることを怠ると、あっという間に暴走してしまう。民主主義は決して、憲法の先生が教えるような多数決なんかではない。国民の意見を言い合い、ディベートを繰り返して、活動し意思を伝えるのが民主主義だと私は、考える。だから、あの時、憲法のテストで書いた答案に二言はない。(笑)単位は落としてしまったけども。

 

 権力を観察し続けることは、私の役目でもある。それは、将来海外でジャーナリストを、もしすることになって、日本人と言って銃で撃たれないために「今」出来ることだと考えるからだ。いくら、憲法に人権条項があっても、その権利の上で行為者が眠っていたら、夢から覚めた時にはなくなってしまっているかもしれない。自分を守るために、学問はある。だから、ハードな側面にしっかりと目を置きつつも、ソフトパワー推し進める立ち位置に私はいたい。

 

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・まとめ

 

 Mighty crownから始まり、固有名がもたらすPEACE、発想の転換、権力の暴走と、ここまでつらつらと書いてきました。読んでくれて、ありがとうございます。きっと、書いてきた「国際関係」というのは、一つのメタファー(例え)に過ぎず、この固有名が持つパワーは様々なところで発揮されます(されています)。それは、LGBTゆとり世代など、個人の持つ固定概念の数だけ、打ち砕ける可能性が拓けます。「日本の国は、好きじゃないけど、あいつは好きだよ」と言わせることの出来る人間になりたいですね。その意味でMighty crownは、本当にすごい人です。もちろん、彼だけでなく世界で活躍してる人がいるだけで、ソフトパワーの力は発揮されています。素敵なことです。確かに、軍事や経済を用いて、他国にアクトすることで国益的な側面の富や、自国主義は満たされる部分もあるでしょう。でも、もっと違うアクターたちが、すでに世界中に散らばり多様性を知らせてます。なんだか、これはグローバリゼーションの良い側面のように感じます。他国に対して、何かを行っているのは、何も国家だけではない。個人、個人ですでにこのムーブメントは始まってるのです。だから、どうか反感意識よりも、固有名・友人をつくって対話して下さい。私も、意見が全然違う人たちと、共感出来るポイントを見つけるようにしたいです。 

何も、アクターはハードな側面だけでなく、この「私」という固有名から可能なのですから。世界を自分たちの遊び場に、これからもしていきたいですね。